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茂千代 / NIWAKA [CD]
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茂千代 / NIWAKA [CD]

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「大阪シーン最後の大物」「天賦の才を持つMC」大阪レジェンドMC茂千代が遂に1STアルバムをリリース!!シーン黎明期から活動を始め、未だ色褪せる事のない"サウスポー・フロウ"を惜しげもなく見せつける!不遇の天才茂千代!! 本物過ぎるアルバムを生み出したっ!!身構えろ!!「今年4月、茂千代の過去作品、未発表曲をDJ KAZZ-KによるミックスCD "THE BARREL-MIX TASTING" が発表され、現在好評発売中の中、梟観光のS.T.Aよりボンサイレコード、闇雲プロジェクトの協力の下、DJ ケンソウとの"説明不要のコラボレーション"製作一年、茂千代ソロ初となる、ファーストアルバムがここに完成!」 TRACK LIST : 1. O-CITY LIVE 2. BRING DA NOISE 3. MIRACLE 4. GET BUSY(GOLDEN YEAR) 5. LA LA LA means WALK THIS WAY 6. 強い意志 7. アセとホコリにまみれ 8. OFF 9. EVERYTHING 10. HEY YOUNG WORLD 11. NEW BEGINNING 12. NIWAKA 13. WAR INA MIND 14. CHANCE 15. BIG BANG PROFILE : 長い歴史を誇る大阪ヒップホップシーン、その中でもとりわけMCシーンを語る際、黎明期を支えた筆頭格として挙げられるのがこの茂千代だ。90年代、伝説的ユニット、DESPERADOのフロントマンとして関西シーンから初めて全国区でのリリースを果たした"SOUTHPAWFLOW"(FUTURE SHOCK)、関西シーンのレジェンド、DJ KENSAW手がける "OWL NITE" への参加をはじめとする、一連のモオーサカ クラシックモに代表される、誰しもが認める「天賦の才を持つMC 」としてシーンを席巻した活動初期の栄光からその後、幾度かの活動休止を経て、 2007年秋、鮮烈にシーンの第一線へとカムバック。2008年、ついに盟友DJ KENSAWとのタッグでキャリア初のソロ・アルバムをリリースする「大阪シーン最後の大物」。稀代のMCとして名を馳せた「あの頃」からなんら色褪せることなきサウスポーフロウと天性のリリシズムで綴られる壮大なライフ・ストーリーを通じて、玉石混淆の現行シーンにあって誰が本物の「ストリクトリー・ヒップホップ」なる呼称にふさわしいのかが証明されるだろう。 1978年7月24日生まれ (現在30歳)。96年DMCのRAP部門に高校の友人とエントリーし大阪予選を通過しラッパーとしてのキャリアをスタートさせる(東京の本選では賞をのがしたが、その日ゲストライブのライムスターに渡したデモテープが、伝説のラジオ番組「YOUTHEROCKのHIPHOPナイトフライト」のライムスターのコーナー「デモトピア」で紹介され全国のコアなリスナーに名前を知られることになる)。97年、DJ KENSAWの12INCH「OWL NITE」の参加メンバーに大抜擢される(この時期、DMCの大会で出会った福井のKENTWILDと当時はまだその大会でスタッフでしていた、現在は大阪のHIPHOPDJの顔でもあるDJ BEKAYと共にRAPグループ「DESPERADO」を結成)・名古屋のDJ HAZUとTOKONA?Xのユニット「ILLMARIACH」とイベントで出会い、彼らが世に放った90年代最高のHIPHOPアルバムの一つ「MASTA BLASTA」の中の一曲「YOUNGGUNNZ」にDESPERADOでFEATされ、その曲がアナログカットされる。98年、日本HIPHOP史上初のメジャーレーベル「FUTURE SHOCK」から、横浜のOZRO SAURUSとのスプリット「DOUBLE IMPACT EP pt2」をリリース(この時期の海外HIPHOPアーティスト(NAS、GANG STARR、THE ROOTS、BLACK STAR等)の来阪公演のフロントアクトを務める)。99年、京都の「MAGUMA MC'S」(現在R-RATED RECORDSのオーナーRYUZOとN.O.Bのグループ)とともに「GREEN FOCE CREW」を立ち上げ、イベントを開始、その流れを汲んで京都に活動拠点を移動しMAGUMA MC,s主催のイベント「ABSOLUTE」に参加、毎回他のパーティの追随を許さない集客を記録する。< /DIV> (DESPERADOはこの時期、メンバーの方向性の違いから結局、上記の作品をリリースしたのみで、それぞれ違う道を歩くことになる)。 03年(ソロ活動に転向後しばらく公の場から姿を消すが)10代のころからの盟友である韻踏合組合のHIDADDYの誘いで韻踏合組合のアルバム「ジャンガル」に一曲「俺らと夜中」に参加し、本格的に活動を再開する。その後、DJAK率いる「BONSAI RECORD」周辺での活動や、WORDSWINGA'ZのRYWが立ち上げたレーベル「OユTHENTIC utd」からRYW、岡山のYOUTHとともに「WONDER 3」としてミニアルバムをリリースし、ストリートレベルな動きで自分のスタイルを確立させ磨きをかける。06年、DJ NAPEYのセカンドアルバム「FIRST CALL」にモ別れ唄モで参加、横浜DJ KAZZ-KのオフィシャルMIXCD「OVERRAP 2」にもその曲が入り話題になるその年、HIPHOP雑誌「BLAST」のブラストアワードでライター古川 耕が選んだ年間シングルチャートの1位にDJ KENSAWのストリート盤「GRITTER ZOO」に納められた1曲モP.E.R.F.E.C.T"(live ver)が選ばれる。08年、満を持してかつてからの念願であったDJ KENSAWとのコラボーレーションにより、ファーストアルバムのリリースが決定、それに先駆け,横浜のDJKAZZ-kによる茂千代オンリーのMIXCD「IN THE BARREL」をULTRA VYBEのディストリビュートによりリリース。さらに9月には京都に本店を構えるレコード店「JETSET RECORD」よりアルバムの先行シングルを見据えた12INCHと、好評を得た「IN THE BARREL」から抜粋した12INCHサンプラーを2枚同時リリースする。」